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48歳でミス増え信頼喪失…“若年性認知症”と診断されるまで

「午前2時出社」でも終わらない仕事。ミスを繰り返し、周囲の信頼を失った48歳の会社員——“若年性認知症”と診断されるまでの数年間 https://news.yahoo.co.jp/articles/71cfbdffa0b687c58690e90af010ce66763de6b8

いやもう、この記事、読み始めたら本当に心がギュッて締め付けられて、思わず息を飲んじゃった。普段何気なく過ごしてる毎日の中で、「病」が突然、それも何の予告もなく、にわか雨みたいに降ってくるとか、もう想像するだけでゾッとする。しかもそれが、若年性アルツハイマー認知症なんて、まさかそんなことが自分や、自分の大切な人に起こるなんて…って、考えたくもないけど、記事を読んでると、本当に他人事じゃないんだなって、ひしひしと感じるよね。

松本さんのお話、本当に胸が痛くて、涙が出そうになった。48歳で診断されて、その兆候は40歳頃からって…。まさに働き盛りで、これからキャリアも家族との時間も充実させていこうって時期に、そんな大きな病に直面するなんて、一体どれほどの絶望と戸惑いがあったんだろうって、思うとね。私自身、まだ40代手前なんだけど、ちょうど仕事でも責任が増えてきて、プライベートでも子供たちの成長に合わせて新しいステージに進む時期だから、松本さんの「人生の中心にある課題」っていう言葉が、本当に重く響く。もし自分に、いや、夫や子供に、親に、そういう診断が下されたら、どうなっちゃうんだろうって、本当に怖くなった。

記事には、松本さんが長年キャリアを築いてきた営業職から、大きな方向転換を強いられることになったって書いてあったけど、それって、ただ仕事が変わるだけじゃないんだよね。これまで積み上げてきたもの、培ってきたスキル、そして何よりも「自分はこれで社会に貢献している」っていう誇りとか自信とか、そういうもの全部が、ある日突然グラグラと揺らぎ始めるっていうことなんだと思う。特に、管理職を務めていたくらい優秀な方だったって書いてあるから、それまで仕事がデキる人だった分、そのギャップにどれだけ苦しんだか、想像するだけで胸が苦しい。

異変が始まったのが2015年、40歳の頃ってことなんだけど、同僚の名前を忘れたり、簡単な書類作成に時間がかかったり…って、具体的な例を挙げられてて、それがまたリアルでね。最初は「あれ?最近疲れてるのかな?」とか「歳のせいかな?」くらいに思っちゃいそうな、些細なことだったのかもしれない。でも、それが少しずつ、でも確実に、積み重なっていく中で、松本さんの中でどんな不安が募っていったんだろう。自分の体が、頭が、思い通りに動かない。これまで当たり前にできていたことが、なぜかできなくなる。その「なぜ?」の答えが分からなくて、でも確実に何かがおかしいっていう感覚、本当に辛かったと思う。

特に印象的だったのが、「5分で片付く伝票作成が半日かかっても終わらない」っていうエピソード。これ、本当に衝撃的だった。だって、たった5分で終わるような作業が、半日かけても終わらないって、想像を絶するよ。松本さんの言葉で「どうしてできないのか、自分でもまったくわかりません」ってあるけど、この一文に、どれだけの焦りや絶望、そして自己への苛立ちが込められてるんだろうって思うと、もう胸が締め付けられるようだった。

普通の感覚だったら、「なんでこんな簡単なことができないんだ?」って、自分を責めちゃうよね。周りの人も、もしかしたら最初は「松本さん、最近調子悪いのかな?」くらいに思ってたかもしれないけど、それが続けば、「やる気がないのかな」とか「もしかして能力が落ちたのかな」なんて、誤解されてしまう可能性だってある。でも、松本さん自身が一番、その原因が分からなくて、苦しんでたんだよね。誰にも言えず、一人で抱え込んでいたとしたら、本当に孤独だったと思う。

そして、その状況をどうにかしようと、午前2時に会社に出社するってエピソードも、本当に切なくて。燃料・設備の会社だから24時間出入りできるっていう環境も、松本さんにとっては「人目を気にせず、一人で集中できる環境でなら、もしかしたら仕事が進むかもしれない」っていう、最後の望みだったのかもしれない。でも、結果は「会社に行ったところでなかなか進みません。目的があって会社に行ったはずなのに何をしていいかわからなくなって、机の引き出しを開けたり閉めたり、ただぼーっとしたりしていました」っていう…。

この描写、本当にね、想像するだけで心が張り裂けそうになる。真っ暗な会社の中で、たった一人。仕事を進めようと必死なのに、何をすればいいのか分からなくて、ただ時間が過ぎていく。引き出しを開けたり閉めたり…って、焦りや戸惑い、そして自分がもう駄目になっていくことへの恐怖が、その行動に表れてる気がする。この時の松本さんの気持ちを考えると、本当に涙が止まらない。どれだけ絶望的だったんだろう。これまでバリバリ仕事をしてきた人が、ある日突然、自分の脳みそが自分のものでなくなっていくような感覚、言葉にできないほど辛かったと思う。

そういう状況が何ヶ月も、何年も続いていたとしたら、それはもう精神的にも相当追い詰められるよね。もしかしたら、周りの誰にも、家族にも、その苦しみを打ち明けられなかったのかもしれない。だって、「簡単な仕事ができない」なんて言ったら、周りにどう思われるか、自分の立場がどうなるか、考えてしまうのが普通だもん。特に、管理職っていう責任ある立場だったからこそ、弱みを見せられなかったんじゃないかな。そういう孤独の中での闘病は、本当に想像を絶する苦しみだったと思う。

この記事のタイトルにもある「生きる、働く、ときどき病」って言葉。本当にその通りだなって思う。私たちは、生きるために働くし、働くことで社会と繋がり、自分の価値を見出す部分も大きい。仕事を通じて達成感を得たり、誰かの役に立ったりすることで、「自分はここにいていいんだ」って思える。それが、病気によって「働く」ことが困難になったり、これまでとは違う形にならざるを得なくなったりした時、その人の「生きる」意味そのものが揺らいでしまうこともあるんじゃないかな。

松本さんの場合も、きっとそうだったんだと思う。これまで一生懸命働いて、キャリアを築いてきた。それが突然、自分の意志とは関係なく、少しずつ失われていく。それは、ただ仕事を失う以上の、もっと根深い、アイデンティティの喪失に繋がりかねないことだよね。でも、松本さんはそれでも「闘病しながら働き続けるため、この勤務先に決まった」ってあるから、その決断に至るまで、どれだけの葛藤や苦悩があったんだろうって、思う。それでも前を向こうとする松本さんの強さに、ただただ頭が下がる。

日本で若年性認知症患者が推定およそ3.57万人って書いてあったけど、これって決して少ない数字じゃないよね。10万人あたり約50.9人ってことは、私たちの周りにも、もしかしたら、すでにそういう状況に直面している人がいるのかもしれない。だけど、認知症って聞くと、どうしても高齢者の病気っていうイメージが強くて、若年性となると、周囲の理解が得られにくい部分も多いと思うんだ。

「まだ若いのに、なんで?」とか、「怠けてるんじゃないの?」とか、心ない言葉をかけられたり、偏見の目で見られたりすることだってあるかもしれない。それが、松本さんのような働き盛りの世代となると、仕事のこと、子育てのこと、住宅ローンとか、経済的な不安も同時に押し寄せてくる。本当に、想像を絶する困難の連続だっただろうなって。家族も、突然のことに戸惑いながらも、どうにか支えようと必死だったんじゃないかな。記事にはパートナーや子どものことにはまだ触れられていないけど、きっと家族にとっても、ものすごく大きな変化だったはずだ。

この記事を読んで、改めて「働く」ってことの意味を深く考えさせられた。私たちが仕事をするのは、もちろん生活のためっていう側面も大きいけど、それだけじゃない。社会との繋がりや、自己実現、そして何より、自分自身の存在意義を確認する大切な場所でもあるんだなって。だからこそ、病気などでそれが失われそうになった時、人は深く苦しむんだ。

松本さんのように、これまでバリバリと社会の第一線で活躍してきた方が、自分の能力が失われていくことに気づきながら、誰にも相談できず、一人でその苦しみに耐えるというのは、本当に想像を絶する。もしかしたら、会社の中でも、松本さんの異変に気づいていた人はいたのかもしれないけど、それが病気だとは誰も思わなかっただろうし、どう声をかけたらいいか分からなかったのかもしれない。会社側も、どう対応したらいいか、戸惑った部分もあったんじゃないかな。

こういう問題って、個人だけの問題じゃなくて、社会全体で考えていかなきゃいけないことなんだなって強く感じた。若年性認知症に限らず、何らかの病気を抱えながらも働きたいと願う人が、もっと働きやすい社会になるにはどうしたらいいんだろう? 会社の制度とか、周りの人の理解とか、もっともっと改善されるべき点があるんじゃないかなって。松本さんが「闘病しながら働き続けるため、この勤務先に決まった」ってあるけど、そういう受け皿となる場所が、もっとたくさんあればいいのにって思う。

今回の記事は、全3回のインタビューの1回目ってことだから、これから松本さんがどうやって病と向き合い、どんな選択をしてきたのか、もっと詳しく知ることができるんだよね。今はまだ、松本さんの苦しみが中心に描かれてるけど、きっとこれからのインタビューで、松本さんが見つけた希望や、前向きに生きるためのヒントのようなものが語られるんじゃないかなって、すごく期待してる。

でも、正直な気持ちとして、今回の記事を読むだけでも、すごく重くて、深く考えさせられちゃった。自分自身も、いつ何時、何が起こるか分からないんだから、今の当たり前の日々を大切にしなきゃって改めて思ったし、周りの人たちに対しても、もっと優しく、そして注意深く接していきたいなって思った。もし、身近な人が松本さんのような状況に陥ったら、私はちゃんとその異変に気づいてあげられるかな? 寄り添ってあげられるかな? って、自問自答しちゃったよ。

松本さんのお話は、単なる闘病記としてだけじゃなくて、「生きるとは、働くとは、幸せとはなにか」っていう、私たちみんなが考えなきゃいけない根本的な問いを投げかけてくれてる気がする。この連載を読んで、もっとたくさんの人が、若年性認知症という病気や、病気を抱えながら生きる人たちの現状について、理解を深めてくれるといいな。そして、誰もが自分らしく、働き続けられる社会になるように、私たち一人ひとりが意識を変えていく必要があるんだって、強く感じた。松本さんのこれからのインタビューも、しっかり読ませてもらって、もっともっと学びたいなって思う。本当に、考えさせられる、心揺さぶられる記事だった。