「バイキン扱いですかぁ?」←イベント開催時に「近いからと病院トイレを使わないで」元患者が悲痛な訴え「なぜダメかを知って欲しい」 https://news.yahoo.co.jp/articles/9c01c9bb57bb0d3dcea23e3f0c7027fdaf85ab2a
え、何これ、本当に信じられない…。この記事、読んでて胸が締め付けられるどころか、なんか怒りで震えちゃったよ。いや、怒りだけじゃなくて、悲しいし、情けないし、もう色んな感情がぐちゃぐちゃだよ。こんなことが実際に起きてたなんて、本当に呆れちゃう。
だってさ、さいたまスーパーアリーナでのライブイベントの参加客が、まさか「埼玉県小児医療センター」とか「さいたま赤十字病院」のトイレやコンビニを、まるでショッピングモールか駅の構内みたいな感覚で利用してたって言うじゃない?しかも、それを見かねた入院中の小児患者の保護者の方がX(旧Twitter)に投稿して、それで大きな問題になったって。
もう、ありえないよ、本当に。どうしてそんなこと平気でできるんだろう?って、心の底から思った。ライブに来て気分が高揚してたのかもしれないけど、それでもさ、一歩足を踏み入れる場所が「病院」ってことを、なんで意識できないんだろうね?「病院」って、誰でも自由に出入りしていい、ただの便利な休憩所じゃないんだよ。命を預かる、命を守る、すごくすごく大切な場所なのに。そんな基本的なことが、なんで分かんないのかなって、本当に不思議でならない。
特に「埼玉県小児医療センター」って聞くだけで、もう心がキューってなるじゃん。子どもたちが、病気と闘ってる場所だよ?小さな命が、文字通り生死の境をさまよってるかもしれない場所だよ?そんなところに、感染症対策もせずに、外部の人間が安易に入り込むなんて、まさに「命に関わる行為」以外の何物でもないよね。Xに投稿した保護者の方の気持ち、痛いほど分かるわ。「ショッピングモールのような感覚で病院に侵入する」なんて、そんな言葉を使わざるを得なかったのが、本当に悔しかっただろうなって思う。保護者の方だって、ただでさえ大変な思いで病院にいるのに、こんな理不尽な状況に直面するなんて、本当に可哀想でならないよ。
記事にもあったけど、「さいたま赤十字病院」は救急医療とか周産期医療、がん診療なんかを担う地域の中核病院で、「埼玉県小児医療センター」は重症患者さん向けの三次救急病院で、「最後のとりで」なんだって。この「最後のとりで」っていう言葉が、もう全てを物語ってるよね。他の病院では難しい、最も高度で専門的な医療が必要な、本当にギリギリの状況の子どもたちがいる場所。そういう場所で、外部から持ち込まれたウイルスや細菌に感染したら、それこそ命取りになるって、少し考えれば分かることじゃないのかな。病気と闘う子どもたちにとって、ちょっとした感染症だって、あっという間に命に関わる事態になりかねないんだから。
正直、コロナ禍を経験して、みんな感染症に対する意識って高まったはずだと思ってたんだけど。マスクするとか、手洗いするとか、密を避けるとか、病院に行くときは特に気をつけるとかさ。それが、ライブ会場の近くにあったからって、安易に「ちょっと借りていこう」みたいな感覚で利用するなんて、本当に理解不能だよ。ライブ会場にトイレが足りないとか、コンビニがないとか、何か理由があったとしても、それは病院を利用していい理由には絶対にならない。だってそこは、文字通り「命の現場」なんだから。
そして、この記事を読んでて、一番胸をえぐられたのが、元小児病棟患者である蒼衣海子さんのXの投稿だった。蒼衣さんは10代の多くを「埼玉県小児医療センター」で過ごしたって書いてて、「あの病院には完全看護と最先端の治療が必要な子どもたちしかいません」「軽い感染症ひとつが命取りになる子どもたちです。軽い気持ちで入らないで。一般人が入っていい場所じゃない」って、本当に悲痛な叫びだったよね。この言葉の一つ一つに、彼女が経験してきた現実の重みが詰まってる。
「軽い気持ちで入らないで」っていう言葉の重み、分かるかな?私たち健常な人間にとっては、ちょっとした風邪やインフルエンザでも、病院にいる子どもたちにとっては、それが命を奪う凶器になりかねないんだよ。想像してみてほしい。やっと、病気と闘って少し回復の兆しが見えてきたのに、外部から持ち込まれたウイルスでまた重症化しちゃったら?それって、本当に理不尽だし、誰にも文句を言えないけど、確実に誰かの軽率な行動のせいなんだよ。誰かの不注意で、誰かの未来が奪われるかもしれないって、そんなことあっていいはずがないじゃん。
蒼衣さんの投稿には「わたしがいたのは30年くらい前だけど、それでも一般人が入っていい場所じゃないのは確か」ってあって、昔から変わらない病院の本質を教えてくれたよね。昔は田んぼの中の病院だったけど、今は都心部だから感染源が入る危険性が高いって。そうだよ、ライブ会場からも近いし、人通りも多い場所にあるんだから、より一層注意が必要なはずなのに。面会や検査で一般人とすれ違うエリアがあるって聞くと、病院側も、ライブ客のような目的外の利用者を防ぐために、もっと工夫しないといけないのかなって思っちゃうけど、でも本来は利用する側のモラルが一番大切だよね。病院は、患者さんのために全力を尽くす場所であって、警備を強化するためにリソースを割くべきではないはずなのに。
蒼衣さんの思い出話も、本当に心に響いたな。「病棟では限られた面会時間内で遠方から親が来てくれた時にしか大人に甘えられない。夜になると寂しくなり、看護師のいるナースステーションに行く。普段口が達者でクソ生意気なわたしでも、看護師さんたちは決して追い払わない。そこで、一生話せない、歩けない車椅子の子を一緒に見ていた。そういう場所なんですよ」って。
この部分を読んだ時、涙が止まらなくなった。蒼衣さんが、子どもながらにどれだけ寂しい思いをして、どれだけ不安な気持ちで過ごしていたか。そして、そんな中でも看護師さんの優しさに救われて、周りの子どもたちのことも見ていたんだよね。普通の子どもたちが学校で友達と遊び回っているような時期に、病院のベッドの上で、あるいは車椅子で、自分の命と向き合っていたんだ。そこで見た「一生話せない、歩けない車椅子の子」の存在。それは、蒼衣さんにとって、病院がどれほど過酷で、どれほど特別な場所だったかを鮮明に示している。彼女の言葉からは、単なる思い出話だけじゃなくて、彼女がそこで感じた痛みや、命への深い洞察が伝わってくるんだよね。
そして、一番衝撃的で、悲痛だったのが、最後のこの部分。「同級生だった友だちと、同室だった女の子は病院の地下階から車で出て行きました。そういう場所でした」
この一文で、もう全てを理解した。地下階から車で出て行った、それが何を意味するのか。彼女たちが、生きて病院の入り口から退院したわけではない、ということを。病院の地下階にある霊安室から、静かに、誰にも知られずに、見送られたんだろう。想像するだけで胸が張り裂けそうになる。蒼衣さんにとって、それはただの「友達」や「同室の子」じゃなくて、自分と同じように病気と闘い、生きたいと願っていた、かけがえのない命だったんだ。その命が、病院という場所で、失われていく現実を、子どもながらに彼女は見ていたんだ。その体験が、どれほどの絶望と悲しみを彼女の心に残したかと思うと、もう言葉にならないよ。
蒼衣さんは、同じ病院から生きて退院できた人たちとXで繋がれて「本当に本当に嬉しかった」「そういう奇跡みたいな繋がりを見逃したくはないんだ」って言ってたよね。それだけ、その病院で生きて退院できたこと自体が「奇跡」なんだ。普通の生活を送っている私たちには、想像もつかないほどの奇跡が、あの病院には詰まっているんだよ。命を繋ぎ止めるために、医療従事者の方々がどれほどの努力と献身をされているか。そして、患者さんたちがどれほどの苦しみに耐え、生きることを諦めずに闘っているか。そういう場所なんだ。
そんな、命の尊さ、儚さ、そして奇跡がひしめく場所で、なぜライブ客はこんなにも無頓着でいられるんだろう?本当に不思議でならない。ライブ会場の近くに、たまたま病院があったからって、コンビニ感覚で利用する。そこには、病気の子どもたちの必死の願いも、看護師さんたちの献身的な努力も、親御さんたちの切なる祈りも、全てが軽んじられているように感じてしまう。彼らの行為は、目に見えない形で、そこにいる人々の心を踏みにじっていたんだよ。
これって、単なる「マナー違反」とか「モラルが低い」っていう問題だけじゃないと思うんだ。根本的な、「想像力の欠如」が引き起こした悲劇なんじゃないかな。自分たちの行動が、誰かの命に直結するかもしれないってことを、全く想像できていなかったんだろう。いや、想像しようとすらしていなかったんじゃないか、とさえ思ってしまう。自分のことしか考えられない、自分さえ良ければそれでいいっていう、すごく身勝手な考え方がそこにあったんじゃないかな。
ライブって、楽しいよね。日常を忘れて、大好きなアーティストの音楽に身を委ねて、思いっきりストレス発散できる、素晴らしい場所だと思う。私もライブは大好きだから、その高揚感はよく分かる。でも、どんなに楽しくても、どんなに興奮していても、公共の場所、ましてや「病院」という特別な場所におけるルールやマナーは、絶対に守らなきゃいけないことだよね。大勢の人が集まる場所だからこそ、一人ひとりの意識がすごく大切なんだよ。
今回の件で、病院側も何かしら対策を強化するかもしれない。入り口に警備員を配置するとか、利用目的を確認するとか、もっと分かりやすい注意書きを貼るとか。でも、結局は、私たち一人ひとりの意識が変わらないと、根本的な解決にはならないと思うんだ。病院は、患者さんとそのご家族、そして医療従事者のための場所。それ以外の目的で、安易に立ち入ってはいけない場所なんだってことを、社会全体で再認識する必要がある。
特に、子どもたちの命に関わる小児医療センターのような場所は、最大限の配慮が必要だよね。もし自分の子どもが、あの病院に入院していたら、って想像したら、今回の件は本当に許せない気持ちでいっぱいになる。親御さんたちの不安を、これ以上大きくするような行為は、絶対に許されないよ。
蒼衣さんの言葉は、私たち健常者に向けられた、本当に大切なメッセージだと思う。彼女が経験した悲しみや苦しみを、決して無駄にしてはいけない。あの病院から「生きて退院できた人」が今も生きていてくれることが「奇跡」だって言える場所。そこで、友だちの命が失われたのを見てきた人の言葉なんだから、その重みは計り知れないよ。
私たちにできることは、この情報を多くの人に伝えること、そして、自分自身が「病院」という場所に対する意識を改めることだと思う。ただ漠然と「公共施設だから」とか「困ってるから」っていう理由だけで利用するんじゃなくて、そこにどんな人たちがいて、どんな状況で、何を求めているのか、ちゃんと想像力を働かせること。相手の立場に立って考えること。
そして、ライブイベントを主催する側も、参加者に対して、周辺施設の利用に関する明確な注意喚起をすべきだと思う。ライブ会場周辺には病院があるから、決して敷地内に入らないようにとか、トイレやコンビニは利用しないようにとか、具体的な指示を出す必要があるんじゃないかな。単に「マナーを守って」だけじゃ、こういう軽率な行動をする人には伝わらないのかもしれない。もっと強く、具体的に、明確なメッセージを届けるべきだよ。
今回の件は、本当に痛ましい出来事だけど、これをきっかけに、多くの人が「病院」という場所の持つ意味や、そこで闘っている命の尊さについて、改めて考える機会になったらいいなと思う。蒼衣さんの悲痛な叫びが、無駄にならずに、これからの社会にちゃんと届いてほしい。そして、二度とこんな悲しい出来事が起きないように、私たち一人ひとりが心に留めておかなきゃいけないことだよね。
命の砦である病院が、その本来の役割を全うできるような社会であってほしいと、心から願うばかりだよ。全ての人が、少しでも思いやりと想像力を持って行動できるようになることを、切に願います。